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FACES:ダニエル・リカルド、自己主張する笑顔

2016.01.29

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 とにかく明るい笑顔が印象的で、多彩なオーバーテイクが魅力のダニエル・リカルド。その笑顔の裏に、どんな素顔を隠しているのだろう。本人は「コース上の僕は、お人好しじゃない」と、やはり笑いながら言う。もっと違う顔を見たくなる──リカルドが見せた、いくつもの表情を今宮雅子氏が描く。

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 F1デビュー当時の彼は、インテルラゴスの古びた施設に瞳を輝かせながら言った。

「アイルトン・セナが走ってたころと同じだよね? ここで走れて本当にうれしい。この空気もファンの様子も、本当に特別だと感じる……」

 セナが亡くなったとき自分はまだ4歳で、彼のレースを生で見たことはなかった。でもセナの大ファンだった父が、たくさん話を聴かせてくれた。

「彼は本物のヒーローだったね。僕のアイドルだった」

 だからセナのことを、ダニエル・リカルドは本当の思い出のように口にする。20年前、霧雨に包まれたインテルラゴスを最後は6速ギヤだけで走り、母国で初めての勝利を勝ち取ったレースのことも──。

「今日では不可能なことだ。誰もが驚くようなことを実現したからこそ、こんなに彼は特別なんだと思う。ウエット路面での彼のマシンコントロールは、すごく覚えてるよ」

 いつかアイルトン・セナのようなテクニックで雨のなかを走りたいと、リカルドは強く思う。


 HRTでF1にデビュー、シーズン後半を走った2011年。小さなチームを取材するプレスは少なく、ドライバーのインタビューセッションでは、いつも“個別取材”のようにいろんな話を聞くことができた。非力なマシンでは、速さを判断することはできない。それでも印象的だったのは、当時22歳のリカルドが、つとめて冷静に的確に自分のレースを分析する姿勢だった。結果が望めるマシンではなくとも、たとえばアブダビでチームメイトを抜けなかった原因がリヤタイヤを摩耗させてしまったことにあったとしたら……。

「問題は、僕がスタートで後退してしまったことだ。そこからリヤタイヤに負担をかけすぎて、毎回ターン7の立ち上がりでホイールスピンさせてしまった。だからDRSを使っても抜くのが難しくて。フラストレーションを感じたけれど、そういうポジションに自分を置いてしまったのは僕自身だ。アブダビの1周目は十分にアグレッシブでなかったことと、コース上のどこに行くべきかという選択が間違っていたことのコンビネーションだったと思う」

 リカルドの分析の特徴は「状況がこうだったから」で済ませるのではなく、必ず、自らに原因を見出して自分が解決すべき点を探っていくところにある。

 トロロッソのレギュラードライバーに昇格した2012年。バーレーンGPで6位というベストグリッドを得ながらスタートで出遅れ、その後も理想のラインに戻れず16位までポジションを落としてしまった。その1周目は、深い落胆と、長い思考と、明確な結論をもたらした。

「ああいうかたちで学ぶのは、気持ちの良いことではなかった。直後の1週間は本当に考え込んだよ。でも、それは僕自身が考えたかったからだし、結果として学べたのはとても良かったと思う。6位というグリッドで、たしかに僕は少し緊張していた。スタートもうまくいかなかった。その後は勢いをなくし、どんどん失う方向に行ってしまった。精神的にも僕には弱点があったんだと思う。気持ちの良い学び方ではなかったけれど、学べて良かった。最終的に、十分に時間をかけて自分の頭を整理できたのは夏休みだったね──1周目を左右するのは、マシンよりもドライバーによるところが大きい。大きなリスクを冒さなきゃいけない時もある。そこで僕は必ずしも十分なリスクを冒していなかった。でも、本当に断固とした姿勢でチャンスをつかみにいけば、大半のケースではうまくいくと理解できたんだ。シーズン後半をどう戦うべきかわかって、僕はそれまで以上に自信を持ってアグレッシブにレースに臨み、弱点を克服することができたと思う」


「パドックで自分がナイスガイだと思われていることは知ってるよ。でもコース上の僕は、それほどお人好しじゃない」

 笑顔のままで、リカルドは主張した。それはきっと自分が育ってきたのとは違うヨーロッパの競争社会で、しかもF1という究極の世界で戦っていく術を模索していたからだ。

 彼が生まれ育った西オーストラリアのパースは、温暖な気候と美しいビーチ、ヨーロッパと新大陸の双方を備えた町並み、自然……すべてに恵まれた幸福な町だ。「パースで生まれ育っただけでも、僕は十分に甘やかされていたと思う」と、本人が言うほどに。太陽の光と音楽、スポーツ、家族の愛情、幼なじみとの他愛ない会話。レースを望まなければ、ひとり冬のヨーロッパで過ごすこともなかった。

 父親に連れられて経験したインドアカートで、すべてが変わった。他の何よりもカートで走ることが好きになってしまった……「本物のカートコースで走るため、自分のカートが欲しいと両親に頼み続けた。『学校で頑張る』とか? たぶん、あらゆることを言ったと思う。でも結局、全部が嘘だったんだ(笑)。僕はカートでレースがしたいだけで」

 半年ほど頼み続けて手に入れたのは「年季が入った、それほど良くはない」カート。「でも始めるには十分だった」。“新車”を手に入れるまで、さらに2年が必要だった。カートレースで先輩から授かった最初のアドバイスは「前を見て走れ」──後ろが気になって、身体をひねりながらスタートするような少年だった。

 西オーストラリアでモータースポーツはポピュラーとは言えず、広大なオーストラリアで国内選手権に参加するには長い飛行機移動が必要だった。初めてのフォーミュラ・フォードは12年落ちのバンディーメン……。

「あれは僕に運転というものを教えてくれたマシンだよ。運転免許も持っていなかったから、ダブルクラッチだとか、回転を合わせるだとか意味がわからなくて。減速しないで行けるコーナーは速かったけど、減速が必要になると、もうブレーキも無茶苦茶で(笑)。幸い、わりとすぐにクラッチなしのフォーミュラBMWに行けたけど、そうじゃなかったら僕は、いまF1にいないかもしれない」

 こんなふうに、さらっと笑えるのは自信の裏返しであり、何事も経験として吸収できるリカルドの特性でもある。幸福であることを力にできるドライバーだ。F1でタイトルを獲ることに貪欲な意志を持ちながら、あらゆるカテゴリーをリスペクトし、そこからもアイデアを得られるのは、彼にとってレースもフットボールもクリケットも、純粋なスポーツであるからだ。


「レースクラフトって僕は呼んでいるんだけどね」と、リカルドは説明する。それは攻撃と防御の適正なバランスを見出すことであり、レース距離を通してタイヤ性能を管理することであり、オーバーテイクの新しい技を創造することでもある。

 走るのが楽しいのはストリートコース。メルボルン、モナコ、モントリオール、シンガポール。でも「“レースする”という意味ではオースティン」。オーバーテイクの選択肢を与えてくれるサーキットだからだ。

「オースティンの1コーナーはエイペックスがすごく広くて、いちばん速いのは右のアウト側からアプローチしてクロスカットするラインだ。でも、そうすることによってイン側には広くスペースを開けることになる。2輪のモトクロスやスーパークロスに似てるんだけど、あそこで最高なのはイン側をカットしてライバルをブロックすることができるという点だよ。普通はワイドにアプローチしてコーナーのバンクを使うラインが速くても、イン側からもブロックパスに似たオーバーテイクが可能になる。新しいサーキットでは、ああいうコーナーが増えていくべきだと思う」

 レッドブルを手にしたリカルドは、そんな創造性豊かなオーバーテイクの技をいくつも披露した。ライバルのマシン特性、タイヤの状態を読み取って、自分のマシンが最も有利になるポイントを判断する。抜けないと言われていたコーナーでも、大きく弧を描くことによって高いボトムスピードを維持する。あるいは、相手がアウト側のラインを抑えれば、インに飛び込みながら出口ですばやく加速できる姿勢を整える──。
 
“世界一怖れを知らない”ミツアナグマは、すっかりリカルドのトレードマークになったけれど「可愛い顔をしていて、ものすごく攻撃的になる」ところだけに惹かれたんじゃない。ミツアナグマは、どんなに防壁を作っても簡単に乗り越えてしまう。鍵をかけ、ワイヤーで縛っておいても、見事に外して脱走する。実は、ものすごく頭の良い動物なのだ。

 ペナルティでグリッド降格になったリカルドにオーバーテイクが実現できそうなポイントを訊ねると「うーん、ここは難しいけどね」と答える。でも、満面の笑顔。きっとワイヤーの外し方は、もう考えているのだ。

(今宮雅子/Masako Imamiya)


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